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大阪の中心でお茶屋遊びを。大正モダン建築の魅力を継承する、西天満竹井。

大阪大正モダン建築の会員制バー・サロン・アートギャラリー・撮影スタジオとして利用されている。将来はお茶屋としての営業を目指しており、現在、地下一階は和彫りを中心としたタトゥースタジオとして営業中。

作成:2018年6月21日

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大正モダン建築 西天満竹井

大阪・西天満(旧若松町)に、大正9年築の木造建築・会員制バー・サロン『西天満竹井』がある。

全面的なリノベーションを経て、将来的にはお茶屋(お座敷)としての営業を目指すという。

『大阪の中心地で、お茶屋遊びを』―――オーナーの竹井に、思いを聞いた。

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接待文化―――世代を越えての心遣い

竹井には忘れられない光景がある。

京都五花街のひとつ、祇園甲部。

中でも格式の高い花見小路・新町にある、お茶屋『富美代(とみよ)』。

ホームバーには、2人の初老男性。

人に聞けば、『某百貨店の方と呉服問屋さん』という。

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呉服問屋が百貨店を接待しているものかと思えば、意外にも逆だった。

遡ること数百年、某百貨店が資金難にあった際、呉服問屋が支援した歴史があり、以降代々にわたり、某百貨店が呉服問屋を接待しているという。

受けた恩を忘れず、さらに気持ちを表す方法として『接待』を行う。

世代を越える美しい日本の心遣いを、竹井は見た。

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失われゆく大阪の接待文化

大阪が最も華やかであった頃―――『大大阪時代』。

大正後期から昭和初期、大阪市の人口・経済規模は日本最大となった。

あらゆる産業が栄え、文化・芸術の華開く活気あふれる黄金時代だ。

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大阪にも花街が存在し、南地五花街(宗右衛門町、櫓町、坂町、難波新地、九郎右衛門町)だけでも約600軒のお茶屋があり、2000人を超す芸妓・舞妓がいた。

そこには、大衆的であり・かつ粋な、大阪ならではの接待文化があった。

景気低迷による接待の需要減少・木造建物維持の難しさ・後継者不足等の要因もあり、現在の大阪には2件のお茶屋を残すのみとなっている。

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大阪・花街復活のフラグシップ店に。

改装・準備を進める竹井は語る。

『美しいものが失われていくのを見ていられない。

自分の代でビジネスをするつもりはありません。

自分はレールを敷いて、次の代に託せればと。

すぐに出来上がったものは、すぐ終わってしまうように思います。

“開業まで100年”の価値が、そこにはある。』

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〒530-0047 大阪府大阪市北区西天満1丁目13−4 / TEL : 06 – 6360 – 7111/京阪中之島線「なにわ橋駅」1番出口 より徒歩3分

西天満竹井を見る

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